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更新日:2018年6月19日

県政150周年(平成30年7月)

県政150周年

兵庫県の誕生

今月7月12日、兵庫県は設立以来150周年のその日を迎える。慶応4年5月23日、西暦1868年7月12日に誕生した。もともと明治維新は徳川幕府の大政奉還(慶応3年10月14日(1867年11月9日))から始まった。徳川家の支配の根源である征夷大将軍も朝廷から任ぜられていたその位を返上した。その結果、幕府領400万石が朝廷に返上され、しばらくは旧幕府が管理していた。これが兵庫役所と呼ばれ、大坂奉行所の兵庫出張所がそのまま存在。そして、鳥羽伏見の戦いを経て、王政復古を通達したのが慶応3年12月9日(1868年1月3日)、新政府が大阪、兵庫に鎮台を置いたのは慶応4年1月22日(1868年2月15日)。鎮台とは、行政、司法、軍事、警察を管轄する地方行政庁だ。ここからがめまぐるしい。これが2月2日(1868年2月24日)に兵庫裁判所となる。この裁判は、宰判に通じ、行政を裁量するとの意らしい。これが県として改称されたものである。このように、旧幕府領を統括する機関として府県が廃藩置県3年前に設置された。これを府藩県三治制といった。

兵庫県初代知事

兵庫県の初代知事は、あの明治の元勲、初代内閣総理大臣となった伊藤博文、当時の俊輔である。この好運は、神戸事件の折衝で、政府から派遣されていたことにある。神戸事件は、生麦事件と同様、備前(岡山)藩の行列を横切ったフランス人水兵らを負傷させ、神戸港開港直後の居留地予定地を視察中の各国公使団との衝突となったもの。一時神戸市内を各国軍隊が占領する事態になった。これを解決するために公使団との交渉に派遣されていたのが伊藤俊輔。彼がそのまま兵庫県の誕生とともに知事に就任した。約1年程の在任であったが、開港直後の神戸港の整備や外国人の居留地の整備に取り組み、兵庫の礎をつくったといえる。

廃藩置県と大兵庫県の誕生

明治4年7月に廃藩置県が実施された。いうまでもなく幕府領以外の旧藩はそのまま藩として経営されていた。それが県となり、藩主は東京に移住を命ぜられ、明治政府の支配に、県令が任命された。兵庫もそれぞれの藩がそのまま県になったが、あまりにも分立しているので次第に合体され、明治4年末には、現在の京都北部、丹波と豊岡から成る豊岡県、播磨全域から成る姫路県(その後飾磨県に改称)、阿波と淡路から成る名東県、阪神間を中心とする摂津を含む兵庫県の4つの県が並立していた。第7代兵庫県令だった神田孝平は、兵庫県の弱小なるを憂いて規模の拡大を明治政府に働きかけていた。明治政府としても「開港場を有する県が貧弱なるを許さず(当時の大久保利通内務卿)」との見解により、明治9年8月、日本海から瀬戸内海、そして淡路で太平洋に接する大兵庫県が誕生した。但馬と丹波の2郡、摂津の半分、播磨、淡路と五つの国から成る大兵庫県の誕生だ。ほぼ、現在に至っている。

明治維新

明治維新の大改革は、幕藩体制が行き詰まり、このままでは未来を拓くことができないのではないか、特に、1840年の阿片戦争による西欧列強の強引な侵略を見たとき、欧米列強に植民地化されてしまうとの強い懸念が当時の志のある人々(志士たち)に共有されていた。つまり、300諸侯を束ねる徳川体制ではこの危機を乗り越えることはできない。したがって、幕府に代わる中央集権国家を創る必要がある。そのために尊皇攘夷を唱えて倒幕運動を行ったといえる。現に、幕府が倒れてからは、尊皇開国と明治国家が樹立されていった。まさに、従来の体制やその延長では乗り越えられない新しい仕組み、明治維新を必要としていたのだ。

150周年ー大転換期

県政150周年を迎えるこの節目は、あの幕末と同じような大転換期にあるといえる。戦後復興から75年、震災復興からも25年が経過しようとしている。高度成長の後、バブルもはじけ、もう30年間デフレ経済が続いている。まさに成熟社会といえば小ぎれいだが、長期安定社会が続いている。一方で、ICT技術の発展により世界は一つになり、今後ますます小さくなる。距離の壁だけでなく、AIやIoTの発達により言葉の壁、技術の壁、文化の壁さえ乗り越えることが近い将来見込まれる。足元を見れば、人口減少時代というかつて経験したことのない時代を迎え、しかも少なくとも50年以上、もしかすると100年近く続くと予想されている。あわせて少子化も高齢化も進展していく。成長時代を創ってきた技術やシステムなどがこれからも全てが有効とはいかないだろう。その意味で、将来が明確に描けないがために、漠然とした将来不安がただよっている。幕末の不安のように。

しかし、私達は、これまでいくつもの困難な事態に遭遇しては、これを克服して新しいステージを創ってきたのではなかったか。未来へのシナリオが自然と与えられるものではない。未来は、今に生きる私達が、その時代の最善の選択を繰り返しながら創りあげてきたのではなかったか。未来は現在に生きる私たちが創る責務を負っているのだ。

まさに、県政150周年の節目は、兵庫県民一人ひとりがこのような決意で迎えたいものだ。

県政150周年記念事業

この節目の年を迎えて、県民の参画と協働を得て、150周年記念事業を展開している。統一テーマは、兵庫の未来を創る。長期ビジョンの創造と共生の舞台、兵庫の実現を目指すもの。そして、基本的な事業展開の方針は、1.全県エリアで参加型イベントや行事を多層重点的に展開、2.県民、地域団体、NPO、学生グループ、企業、行政などが参画と協働により実践、3.150年の歴史を踏まえ、ふるさと兵庫を再認識して、兵庫の未来を考える機会をつくることとしている。

このため、サブテーマとして、「五国の魅力を磨く」と「交流の輪を拡げる」とした。「五国の魅力を磨く」では、歴史遺産、偉人を後世に繋ぐ取り組み、地域の魅力の再発見、兵庫の先進性を再認識する取り組み、地域の個性を活かす拠点づくりなどを期待。「交流の輪を拡げる」では、地域内自体の交流の拡大、五国間交流の活性化による相互理解と一体感づくり、県外への発信、世界との交流拡大などを期待している。

特に、県民と県との連携事業として、県民をはじめ地域団体、各種団体、学生や女性、高齢者、ボランティア、企業団体などがこの150周年記念事業として展開される事業を県として助成して、協働で行うこととしている。すでに500を超える事業が承認されている。このような節目だからこそ、記念事業として県民をはじめ各種団体等が自主的主体的に展開される、未来を見つめた事業だけに、事業の展開が明日を拓く契機になってくれることを期待している。

ポスト150周年

もう一つ、「2030年の展望」を発表することとしている。あと12年先だからこそ、現在の潮流を見定めて、2030年の兵庫の姿を描きたい。背景としては、1.長期にわたる人口減少と少子高齢化、2.技術革新の進展、3.多様な働き方、4.大交流、環流時代の到来、5.災害リスクの高まりと環境の維持があげられる。これらを踏まえて、まず未来の活力を創る、人口が減っても活力が持続する兵庫、第2に、生活の質を追求する、豊かさを実感する兵庫、第3に、ダイナミックに交流、環流を拡大する、活躍の舞台が広がる兵庫を目指していく。

まさに、五国を活かして、日本を先導し、世界に繋げるふるさと兵庫を実現したい。

音声による知事メッセージ

全文版(11分)(MP3:10,063KB)

要約版(4分)(MP3:3,522KB)

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