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更新日:2016年7月1日

誰もが安全・安心に暮らせるまちへ

阪神南地域安全まちづくり県民交流大会を5月23日に尼崎市で開催しました。地域で子どもたちの安全を見守る活動団体の事例発表のほか、専門家による講演など地域で一体となって子どもを見守る体制づくりについて考えました。

講演「子どもたちの安全のために」 

奈良女子大学生活環境学部教授瀬渡章子(せとあきこ)さん

奈良女子大学生活環境学部教授

瀬渡章子(せとあきこ)さんの講演

子どもが安全に暮らせるまちづくりなど環境設計から見た防犯が必要です。そのために重要なポイントは2つあります。
1つ目は「環境で守る」。照明や防犯カメラを活用したり、背の低い植え込みや見通しの良いフェンスを設置したりして犯罪を遠ざけましょう。また、自転車を放置しないようにしたり、防犯プレートを掲出したりすることで安全イメージの向上が期待できます。
2つ目は「人で守る」。警察や行政などが実施する講習会へ参加して基本的な防犯知識を習得することや、関連団体と交流して情報交換をすることが子どもたちの安全につながります。また、「地域安全マップ」作成も危険回避能力を高める効果があります。
それぞれの地域に応じた対策を検討してみましょう。

「地域安全マップ」を作りましょう

おおむね小学校区単位で作成する「子どもを守る110番の家」のサイン作成の際に、死角のないまちづくりに向けて、危険箇所を点検する地域安全マップを作成しましょう。
作成に子どもたちに参画してもらうことも効果的です。子どもにとっては、危険回避能力が高まり、子どもを守る大人にとっては、地域診断を通して防犯環境を改善できます。
県では、「地域安全マップ」の作成に係る経費の一部を助成しています。
問合わせ兵庫県企画県民部地域安全課TEL:078(362)3225FAX:078(362)4465

地域安全マップ

活動事例報告

代表秀島寛治

(ひでしまかんじ)さん

大西町見守り隊(尼崎市)

全国で連続して女児誘拐殺人事件があったことを機に、町内会でグループを立ち上げ、小学生の登下校時にあいさつ運動や交通指導を実施しています。メンバーが高齢化しており、若手の加入が急務です。

 

 

支部長西坂昇司

(にしさかしょうじ)さん

甲子園防犯協会浜甲団地支部(西宮市)

PTAだけに頼らず、地元児童の安全を図るため地域で協力しようと、自治会が活動を決定しました。登校時の児童の見守り活動や下校路を青パトで見回っています。児童たちは積極的にあいさつをしてくれるようになりました。

 

 

代表見並厚

(みなみあつし)さん

楠町安全会パトロール隊(芦屋市)

登下校の見守り隊、昼の下校出迎え隊、夜の見まわり隊や踏切パトロールを実施しています。無理なく継続できる活動を心掛け、PTA愛護部や校外活動部、地域社会福祉委員会等と連携して活動しています。

 

【兵庫県警察本部の配信システム「ひょうご防犯ネット」】

ひょうご防犯ネット

犯罪情報や防犯情報などを登録メールアドレスにお知らせします。

hpp@hbnp.netに空メールを送信してください。

空メール送信後、「ひょうご防犯ネット」からメールが返信されるので、受信画面の案内に沿って登録手続きをしてください。

【ひょうご地域安全SOSキャッチ電話相談】

マモリン

ひょうご地域安全まちづくり推進協議会シンボルキャラクター:マモリン

日常生活の中で、地域の安全・安心に係る異変に気付いた際に、気軽に通報できる電話相談です。速やかに適切な関係機関につなぎ、早期の対応を図ります。

TEL:078(341)1324(いざツーホー)

阪神南の街道をゆく3(くらがり街道(西宮市))

くらがり街道(有馬街道)は、生瀬、名塩、有馬を経て丹波へと続く旧街道。丹波杜氏が酒作りに通った道で、夜中に丹波を発ち、夜中に着いたのでそう呼ばれたといいます。前回歩いた、神崎から伊丹、小浜、生瀬へ続くルートのほかに、西宮から西国街道を分岐して門戸、生瀬と続くルートがあります。
今回は、後者のルートに沿って、たくさんの道標など歴史遺産が点在する甲東村周辺を歩きます。

くらがり街道(門戸~仁川)

門戸厄神

阪急門戸厄神駅を降り、西国街道を西へ5分ほど歩くと、「やくじんさん筋」の道路標識のある交差点に、門戸厄神への道を示す道標が立っています。文久2(1862)年の銘がありますが、正面の「日本三躰厄神明王」の字体は他の3面の字体と異なっており、もっと古い道標に追記して再建されたのではないかとのこと。こういったことがわかるのも「甲東文化財保存会」の解説板のおかげです。旧甲東村の遺跡にはすべて同会の解説板が建てられており、ありがたい限りです。
左手に神戸女学院の校門を見ながらしばら行くと「門戸の庚申塔」があります。中国の道教に由来する庚申信仰では、人間の体内にいる三尸の虫が、庚申の日の夜、寝ている間にその人間の悪事を天帝に報告しに行くので、眠らず身を慎んで過ごしたといいます。庚申塔は悪疫などの侵入を防ぐと信じられ、村境や三叉路に造立されましたから、このあたりは甲東村のはずれだったのでしょうか。
門戸厄神東光寺は、9世紀に嵯峨天皇の命により空海(弘法大師)が愛染明王と不動明王が一体となった厄神明王像(両頭愛染明王像)を三体刻み、高野山天野大社、石清水八幡宮、門戸厄神東光寺へおさめたのが起源といいます。厄年早見表を見ると、私は今年は小厄。それで検診で引っかかったのか!。早速お守りを買いました。

門戸厄神への道を示す道標

門戸の庚申塔

門戸厄神東光寺

道路と新幹線

街道に戻りしばらく北に行き、「腹切地蔵」のある交差点の少し西に「甲東村道路元標」があります。東京日本橋にある「日本国道路元標」は有名ですが、1919(大正8)年の旧道路法で、各市町村の道路の起点として一個ずつ道路元標の設置が義務付けられました。形、大きさ、材料までも建設大臣が定めた同一規格で、西宮市内では他に瓦木、芝、山口の各村に残っています。「甲東村道路元標」のあたりは、旧甲東村長宅の前で、上ヶ原や神呪寺に行く道も出ており、村の中心的な場所だったのでしょう。
「くわんおんみち」と刻まれた道標を西へと街道を離れ、少し登ると「山陽新幹線記念公園」。六甲トンネル入口を見下ろす高台に慰霊碑があります。六甲トンネルは難工事で、落盤や出水により建設中に54名の方がなくなられました。新幹線は世界一安全といいますが、建設で多数の殉職者を出したことはあまり知られていません。

甲東村道路元標

甲山神呪寺への道標

山陽新幹線記念公園

神呪厳島神社

この公園の北西隣に「神呪厳島神社」があり、石段を登って右側の石灯籠に「麁乱(そらん)大荒神」の銘があります。伝承では、甲山に神呪寺を建立したところ、鷲林寺方面から「ソラジン」が鷲に姿を変え火を吹き襲ってきたので、荒神として祀りなだめたといいます。石灯籠に「ソラジン」の名が残ることから、神呪寺が戦国時代に焼失した後江戸時代に再興されるまで移転していた場所といわれています。新幹線の北を街道に戻ると「神呪庚申塔」があり、「神呪町」という地名も残っています。
さらに北上し、頴川美術館の横あたりからは、車の交通量が増えます。阪急今津線の踏切を渡って仁川学院の西に出ると、1つの交差点に道標が3つも。門戸厄神、神呪寺、清荒神、高木・今津への道が交錯する交通の要所だったのでしょう。いまも車があふれ、ゆっくり解説板も読めないような雰囲気です。

石灯籠の「麁乱大荒神」銘

神呪庚申塔

門戸厄神・清荒神両名刹への道標

山之井

貝之介墓地(旧段上、上大市、下大市の三ヶ村の共同墓地)でお地蔵さまを見て、さらに北上すると墓地の北隅に「山之井(やまのゆ)」の大きな顕彰碑が立っています。
三ヶ村は、仁川の水を取水し、山之井用水として水路で配っていました。しかし、江戸時代に入ると、上流で仁川の水を夙川に導く社家郷用水や上ヶ原台地新田開発のための大井滝用水が取水され、水をめぐって他村としばしば争いが起きました。特に武庫川の渇水にも悩まされていた段上村は、庄屋の松山五郎衛門を中心に大坂町奉行所へ誓願し続けて取水権を得、文政7年(1824)頃、4年の歳月をかけ、仁川右岸の岩盤に穴をうがち大井滝から水路を新たに開削しました。
山之井用水の細い水路は、阪急今津線の西の住宅街を1.5キロメートルほどさかのぼり、県立仁川百合野町地すべり資料館の手前からは仁川の渓流沿いを走ります。5分ほど歩くと岩盤を刳り貫いたトンネルがあり、澄んだ水があふれるように流れ出ています。精密な測量器具や建設機材のなかった時代に、このような難工事が行われたことに驚かざるを得ません。
阪神南の歴史を訪ねて歩くと、必ず水をめぐる話が出てきます。蛇口をひねれば、安全でおいしい水が飲める、日本の恵まれた環境は水争いの歴史の上に築かれたものなのでしょう。新幹線もそうですが、私たちの便利な生活は多くの先人の献身的な努力のおかげだということを再認識させられます。

貝之介墓地の六地蔵

山之井顕彰碑

山之井用水の取水地

過去のセンター長メッセージ

お問い合わせ

部署名:阪神南県民センター 県民交流室

電話:06-6481-7641

FAX:06-6481-8148

Eメール:hanshinm_kem@pref.hyogo.lg.jp