ホーム > 県政情報・統計(県政情報) > 県民局・県民センター情報 > 阪神南県民センター > 平成27年9月阪神南県民センター長メッセージ

ここから本文です。

更新日:2017年3月1日

地域を育てる森へ尼崎の森中央緑地

県民の参画と協働で100年の森づくりが進む尼崎の森中央緑地。自然いっぱいの「はじまりの森」、プールやフットサル場など子どもから大人まで楽しめる公園です。
この秋には大芝生広場もオープンします。ご家族や友人と自然の中で遊びませんか。

イベントなど最新情報は「尼崎21世紀の森ウェブマガジン」へ(外部サイトへリンク)
尼崎の森中央緑地へのアクセス(外部サイトへリンク)

尼崎21世紀プロジェクト推進室
電話番号06(6105)4433fax06(6481)8251

「地域が育てる森」から「地域を育てる森」へ

基本計画策定から10年が経過し、「地域が育てる森」をつくる取り組みは、苗木の里親植樹
会や企業による植樹などを通して定着しつつあります。
これからは、森を活用した環境学習やイベントなど、人々が自然の恵みを享受できる「地域を育てる森」へのステップアップをめざします。

スポーツの森
プールやフットサル場、グラウンドゴルフ等ができる施設があります。


屋内プール


フットサル場

はじまりの森
18年度に初めて植樹を行った小さな森が生長し、野鳥や昆虫などいろいろな生き物に出会える森となっています。


小学生の環境学習


300人の昆虫大捜査線

パークセンター
小学生をはじめとする環境体験学習、植樹・育樹やまちづくり活動の拠点です。一般向けの環境体験学習も随時受け付けています。
兵庫県産材を活用した木造平屋建で、屋上には太陽光発電、屋上緑化スペースを設け、省エネルギーに配慮した建物です。建物前にはゐなの花野(六甲山から海岸に至る植生の見本園)も整備しました。


パークセンター(手前はゐなの花野)


パークセンター学習棟(学習室)

大芝生広場オープニングイベント「森のピクニック」の開催

県立都市公園最大級(約2.4ヘクタール)の大芝生広場が10月10日(土曜日)にオープンします。
これを記念して、オープニングイベント「森のピクニック」を開催。みどりのふれあい運動会や様々な環境体験イベント(エコキッズメッセ)のほか、尼バーガーやケーキなどの販売も行いますので、是非ご家族でご来場ください。

開催日時
平成27年10月10日(土曜日)11時~15時
雨天予備日平成27年10月24日(土曜日)
開催内容
・みどりのふれあい運動会+森deヨガ
(子供かけっこ教室・計測会、親子で綱引き、ヨガ教室等)
・エコキッズメッセ
(尼崎市内企業・団体による子供達へ向けての環境体験イベント)
・森ののりもの大集合
(リサイクル部品で作った自転車やエコ電カーなどを展示)
・はじまりの森探検隊
(はじまりの森を探検しながら森を学習)
・トップトレーナー推奨犬の運動会
(犬のしつけが発展した競技「アジリティ」を紹介)
・芝生で紙飛行機を飛ばそう!
(飛行機を知り尽くしたおじさん達と紙飛行機を作り、飛ばそう)
・エコサイエンスで環境を学ぼう
(環境学園専門学校の先生&学生による環境学習教室)
・森の石窯ピザ・バームクーヘンを作ろう
(生地からピザ・バームクーヘンづくりにチャレンジ)
・郷土種ガーデニングコンテスト参加作品の展示
(郷土種を使った寄せ植えコンテストの参加作品を展示)など
アクセス
阪神尼崎駅-尼崎の森中央緑地間シャトルバス運行(10時30分~15時30分)

詳細情報は尼崎の21世紀の森WEBマガジンへ(外部サイトへリンク)

問い合わせ尼崎の森中央緑地パークセンター
住所〒660-0096尼崎市扇町33-4
電話番号06-6412-1900fax06-6412-0500
e-mailinfo_amamori@hyogopark.com

阪神電鉄武庫川鉄橋(尼崎市立地域史料館所蔵)

尼崎臨海地域の歴史
かつて豊かな海と白砂青松の美しい海辺が広がっていた尼崎臨海地域。明治後期以降、埋め立てが進み工業都市として日本の高度成長を支えていましたが、同時に公害など環境問題が深刻化。その後、企業・地域の努力により改善が進む一方、産業構造の変化等に伴う工場移転などにより地域の活力が低下しました。このため県と尼崎市は、県民・企業・各種団体の皆さんとともに魅力と活力あるまちへの再生を目指し、平成13年度に「尼崎21世紀の森構想」を、16年度に「尼崎の森中央緑地基本計画」を策定しました。

阪神南の城跡をゆく5(瓦林城)

阪急神戸線に乗って西宮北口駅を出発すると、武庫川に差し掛かる手前の線路北側に、日野神社(西宮市日野町)のこんもりとした森が見えます。私が北口に住んでいた頃(もう40年前ですが)は、田んぼに浮かぶ大きな島のようでしたが、今ではすっかり周りを住宅に囲まれてしまいました。
日野神社は、康安年間(1361年)に和泉・摂津の大名であった瓦林弾正左衛門が瓦林城の守護神として勧請したといいます。ということで、今回は、瓦林城跡と周辺の集落を訪ねます。

地産地消の農業が展開

西宮の農業
今回まず向かったのは野菜直売所。西宮市では、武庫川が育んだ豊かな土壌のもと、地産地消の農業が展開され、特に軟弱野菜は県下でも有数の産地となっています。上之町の西、瓦木中学校のあたりには、納屋を利用した直売所がいくつも店開きし、これらを紹介するインターネットのポータルサイトもできています。

残念ながらこの日は開店している直売所はなく、仕方なく周囲を散策することに。このあたりは、「除堤」と呼ばれた大昔の堤防の内側の荒地でしたが、土木技術の発達により洪水が減り、江戸時代初期に鯨池から新堀川が引かれると、新田開発が進みました。上之町は、その最北部(上)の「助兵衛新田」の集落で、厳島神社を中心に、水路が巡り、古い土蔵がひっそりと佇む落ち着いたまちなみが残っています。


厳島神社


上之町の古いまちなみ


日野神社の社叢

瓦林城
上之町から500メートルほど南に行くと日野神社です。ここ瓦林(河原林)の地は武庫川の西、西国街道の南にあり、四国や淡路から西宮に上陸した武士が京に向う際にはここを通って西国街道へ出たといいます。
瓦林城は、文献によると、建武3(1336)年、赤松則村の家臣貴志義氏によって築城されました。九州から東上して来た足利尊氏・足利直義兄弟らと、後醍醐天皇方の新田義貞・楠木正成との間で行われた「湊川の戦い」の際にも合戦の舞台となったようです。


日野神社の鳥居

その後、瓦林城は瓦林氏の居城となります。応仁の乱の後に起きた細川澄元と高国との抗争では、瓦林正頼は高国方につき、西摂で勢力を伸ばします。正頼は、越水城を築城してここに移り、瓦林城はその支城となりますが、永正17(1520)年、澄元方の四国勢に功められ、落城。正頼は、高国に内通を疑われ、切腹します。
永禄年間になると、瓦林正頼の子孫である瓦林三河守は、織田信長方について四国の三好三人衆と戦います。しかし、元亀元(1570)年9月28日、篠原長房の軍勢五千余に攻められ、三河守以下106名は討死、瓦林氏は滅亡し、瓦林城は廃城となったといいます。


「瓦林城跡」の石碑

現在は、阪急電車の線路近くの鳥居をくぐった参道脇に「瓦林城跡」の石碑が建てられていますが、土塁など遺構は何も残っていません。神社の社叢は、静謐な雰囲気に包まれ、周りの騒音や阪急電車の通過する音も聞こえません。戦乱の舞台となったことが想像できない心癒やされる空間です。


旧上瓦林村付近
日野神社から阪急の踏切を渡って南に500メートルほど行くと、瓦木支所の北に極楽寺があります。瓦林(河原林)三河守の建立と伝えられ、境内の五輪の墓塔には、三河守の戒名である「廣林院」や一族が滅亡した「元亀元年」の字が刻まれています。

極楽寺の近くには、江戸時代の尼崎藩大庄屋を勤めた豪農・岡本家があり、江戸時代初頭から明治までの約300年間の行政文書や農業経営、日常生活などが細かく書き留められた古文書など約10万点が保存されています。
このあたり(瓦林町・大屋町)は旧上瓦林村の中心部であったとのこと。住宅のあちこちに旧家の佇まいが残る落ち着いた一角です。


瓦林三河守の墓塔(極楽寺)


岡本家住宅


「霧島の宮」復活プロジェクト(県民まちなみ緑化事業)

県民まちなみ緑化
日野神社の社叢は、約200種を超える暖地性常緑広葉樹林として県指定天然記念物に指定され、日野神社の社叢保存会をはじめ近隣住民の皆さんが保全活動に取り組まれてきました。かつては、キリシマツツジが多く植栽され「霧島の宮」と呼ばれていましたが、1本もなくなってしまったため、平成26年3月、県民まちなみ緑化事業の補助を用いてキリシマツツジ約1,200本の植栽が行われました。

この県民まちなみ緑化事業は、都市における環境の改善等を図るため、県民緑税(県民税均等割の超過課税)の税収を活用して、住民団体等が実施する植樹や芝生化などの緑化活動に支援を行うもの。平成27年度末で期限切れを迎えるため、県では、さらに5年間事業を実施するための条例を9月県議会に上程する予定です。皆さんのご理解と積極的なご活用をよろしくお願いいたします。

過去の阪神南県民センター長メッセージ

お問い合わせ

部署名:阪神南県民センター 県民交流室

電話:06-6481-7641

FAX:06-6481-8148

Eメール:hanshinm_kem@pref.hyogo.lg.jp