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更新日:2016年4月4日

便利で住みやすい阪神南に向けて

 私たちの生活に欠かせない道路や鉄道などの社会基盤。
 より安全で快適に利用できるよう、県ではさまざまな改良工事を進めています。

高架化で踏切遮断時間が大幅短縮 (阪神「甲子園」駅~「武庫川」駅)

 平成27年3月に神戸三宮方面行き線路が高架に切り替わったことで、6つの踏切遮断時間が大幅に短くなり、渋滞が緩和されました。梅田方面行線路も、29年春の高架化に向け、工事を進めています。高架の完成により、渋滞が緩和され、南北市街地の一体化が図られます。

高架工事区間(約1.87キロ)
西開踏切
 高架切替前
 
朝のピーク時は、40分以上も踏切が遮断され、渋滞が慢性化。
 南北の行き来が不便でした。

 

 


 高架切替後
 高架切替により渋滞が緩和しました。

 

 

 

神戸三宮方面行線路の高架化によりこれだけ短縮・減少しました

神戸三宮方面行線路の高架化による踏切遮断時間の短縮・減少グラフ


新鳴尾駅

「鳴尾」駅が新しくなります

阪神本線高架化に伴い、「鳴尾」駅も新しく変わります。新しい駅は、風をいっぱいはらんだ船の帆をイメージ。エレベーター、エスカレーターが設置され、より快適になります。

バリアフリー化で誰もが使いやすい駅に(阪神「甲子園」駅など)

誰もがより快適で使いやすい駅を目指して、阪神「甲子園」駅ではホームの幅を広げ、エレベーターの設置などを進めています。28年度はJR「塚口」駅、阪神「鳴尾」駅でもバリアフリー化を実施します。


幅が広がった梅田方面行ホーム


新しく設置されたエレベーター

歩道・自転車道の整備でより安全に


路肩のカラー舗装
(尼崎市富松神社付近)

 歩道の拡幅(西宮豊中線:宮園橋)や路肩のカラー舗装(生瀬門戸荘線など)を行っています。自転車との分離を図るため、自転車道(高田久々知線など)や自転車レーン(西宮豊中線)の整備も進めます。

拡幅で南北の移動がスムーズに(尼崎宝塚線)


4車線化工事
(尼崎市武庫の里2丁目付近)

慢性的な交通渋滞を解消するため、大浜町・武庫の里などで4車線化を進めています。28年度は阪急神戸線との立体交差箇所の拡幅に着手します。

 

 

 

 
問合せ 西宮土木事務所 電話0798(39)6124 ファックス 0798(23)7791

阪神南の城跡をゆく 11 会下山遺跡(芦屋市)

 弥生時代には大阪湾や瀬戸内海沿岸に面した山上に、高地性集落が数多く作られました。砦・烽台の機能をもった軍事的性格の強い集落で、会下山(えげのやま)遺跡(芦屋市三条町)は全国的にも有名です。今回は、会下山遺跡に登ったあと、芦屋川を下り、芦屋の文化的景観を形成している特徴的な文化財(建築物)を巡ります。

会下山遺跡
 阪急芦屋川駅を北に出ると、正面左に見える小さな山の頂上が「会下山遺跡」(国史跡指定文化財)です。開森橋から道標に導かれて北上し、山手中学校の校門左の狭い通路を抜けて右折。芦屋市聖苑手前右の猪除けのフェンスを開けて山道に入り、5分ほど登ると会下山遺跡に着きます。
 標高155m~200mに立地する弥生時代中後期(紀元前2世紀~紀元1世紀)の高地性集落。昭和31~36年の発掘調査の結果、竪穴住居跡、祭祀場、火炊き場などがみつかり、土器や石器のほか、斧やノミ等の鉄製工具や鉄鏃等の鉄製武器が多数出土しました。特に青銅製漢式三翼鏃は中国伝来の貴重なものです。
 周囲は木がかなり茂っていますが、それさえなければ、市内を一望できる立地。畿内と九州を結ぶ海・陸の交通路に睨みを利かしていたのでしょう。
 今年は発掘調査開始から60年、国史跡指定から5年。これを記念して、シンポジウムや遺跡見学会等が実施されます。3月には高床倉庫の茅葺屋根葺き替えに合わせ、ふもとの芦屋市三条文化財整理事務所で、市内で発掘された会下山遺跡と同じ弥生時代の出土品等が展示されるとのこと。ぜひ見に行かねば。


山手中学校の校門
(背後左の山上が会下山遺跡)

復元された高床倉庫
復元された高床倉庫

出土品の触覚模型と円形土坑墓
出土品の触覚模型と円形土坑墓

芦屋廃寺
 山手中学校の校門まで戻り、まっすぐ南に下ると、阪急神戸線の線路の手前に、飛鳥・白鳳文化期(7世紀)に建立された古代寺院である「芦屋廃寺址」の石碑があります。現在はすっかり住宅地となり、寺院の痕跡はまったく残っていませんが、平成11(1999)年の発掘調査では大量の瓦片や基壇が見つかりました。
 昭和11(1936)年に発見された塔の中心礎石が、芦屋市立美術博物館の入口に展示されています。1620年代の徳川大坂城築城の石材にするため、島津の刻印が彫られています。


芦屋廃寺址の石碑

塔の中心礎石
塔の中心礎石

芦屋川周辺の建築物
 阪急のガードをくぐり、「業平と公光の石の祠」の前を通って、芦屋川沿いに南に行くと、JRの南西に「芦屋仏教会館」があります。丸紅商店の初代社長伊藤長兵衛が建てた鉄筋コンクリート造3階建ての建物は、お寺というよりも教会のようです。旧大阪市庁舎、大阪市中央公会堂などを手掛けた建築家片岡安の設計で、昭和2(1927)年竣工。戦後は一時図書館として使われ、地下にはフランス料理のレストランもあったとのこと。震災後は、土地区画整理事業に伴い、解体せず曳家工法で2.5メートル西に移動されました。
 国道2号線業平橋を東に渡って南に行くと「芦屋教会」。ローマ・カトリックのこの聖堂は、旧住友銀行本店や銀座松坂屋などを手掛けた建築家長谷部鋭吉の設計で、昭和31(1956)年に竣工したものです。
 さらに南の芦屋警察署は、芦屋仏教会館と同じ昭和2(1927)年竣工の鉄筋コンクリート造3階建て。平成13(2001)年に建て替えられましたが、南東隅の正面玄関は保存されています。花崗岩でできており、アーチの要石には夜間警備の象徴であるミミズクが彫刻されています。

 


芦屋仏教会館


芦屋教会




芦屋警察署

芦屋公園のあたり
 国道43号線を渡った芦屋川左岸一帯の松林は、大正6(1617)年に造られた芦屋川遊園地の跡地です。昭和31(1956)年に開設されたテニスコートでは国体の硬式庭球競技も行われました。
 公園内には、平安時代末期の武将源頼政が退治した怪物の死骸が流れ着いたという伝説に基づく「ぬえ塚」や、猿丸精道村長の功績を顕彰する「猿丸君彰功碑」のほか、南端には昭和初期の「バス待合所」があります。芦屋川の堤防上を運行する阪神バス・阪急バスのために設置されたもので、現在は公園の休憩所として使われています。


昭和初期のバス待合所


芦屋川西の屋敷町(隨縁荘)


虚子記念文学館

 阪神間モダニズムの中心地である芦屋にはたくさんの名建築がありましたが、開発や震災による被災で消滅しつつあります。芦屋川周辺でも多くがマンションとなり、わずかに残る塀や松などにかつての屋敷町の風情が偲ばれます。
 芦屋川の河口近く、昭和初期のスパニッシュ・スタイルの名建築である稲畑邸に隣接して、「虚子記念文学館」があります。延床面積570平方メートルの小さな博物館ですが、高濱虚子ゆかりの短冊、句集等が数多く収集・保存されています。
 阪神南地域には、このような特色ある博物館・美術館がたくさんあります。阪神南県民センターでは、平成28年度に、管内の博物館・美術館と連携し、阪神南ゆかりの共通テーマで「阪神南リレーミュージアム」を実施します。バスツアーなども開催しますので、ぜひご参加ください。

過去の阪神南県民センター長メッセージ

お問い合わせ

部署名:阪神南県民センター 県民交流室

電話:06-6481-7641

FAX:06-6481-8148

Eメール:hanshinm_kem@pref.hyogo.lg.jp