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更新日:2010年7月7日

但馬県民局/局長メッセージ(平成22年6月)

 「備えあれば憂いなし」

たじま防災シンポジウム

 先月の17日、「たじま防災シンポジウム」が開かれました。
 北但大震災から85年、阪神・淡路大震災から15年、台風23号災害から5年。この節目の年にあたって、「次なる災害に地域ぐるみで備えること」の大切さとその意味を、あらためて考えてみよう。
 これが、「但馬理想の都の祭典20周年キャンペーン」の一環として開催されたシンポジウムの趣旨でした。
●「備えあれば憂いなし」という言葉があります。
 惟事事、乃其有備、有備無患。これ事を事とすれば、すなわちそれ備え有り。備え有れば患(うれ)え無し。ありうべき厄災、あるいは来たるべき正念場に向けて、準備万端、あらかじめなすべきことに怠りなければ、なにも憂い煩うことはない。
 非の打ち所のない真理です。(「弁当忘れても傘忘れるな」の教訓は、気候不順の地に住む者の常識でしょう。)しかし、相手が自然災害の場合、これに完璧に備え、その結果、一切の憂いをなくすことは、はたして可能なのでしょうか。
 いつどこでどの程度の規模で起こるか計り知れない地震に対して、どのように備えればいいのか。住まいを耐震補強し、家具を固定し、(そして、フェニックス共済(外部サイトへリンク)に入り)、三日分の水と食糧を確保すれば、一応の備えになるでしょう。でも、それで万全かと問われれば、答えに窮します。それで憂い煩うことがないのかと問われれば、答えは間違いなく「ノー」でしょう。
 仮に、起こりうるあらゆる事態に対して、望みうる最高水準の防災・減災対策を講じることができたとして、それで「憂いなし」かと問われれば、やはり「ノー」と答えるよりほかありません。いくら想定の範囲内だからといって、震度6や7の大地の震えに遭遇して、いかなる被害を蒙ることなく終わるわけがないからです。

北但大震災で被災した城崎温泉/「但馬丹後震災画報」(大阪毎日新聞社刊行)より

●備えるためには、知ることが欠かせません。敵の正体を正しく知ることで、「なんとかなるだろう」とか、「自分だけは大丈夫」といった根拠のない甘えを払拭することができます。同時に、過剰な恐怖心から自由になることができます。
 知ることのなかで最も大切なことは、過去の経験から学ぶことではないかと思います。
 たとえば、大正14年の北但大震災。マグニチュード6.8、震度6の地震による死者は総数428名、城崎では総人口の8%にあたる272名の方が亡くなりました。豊岡市のホームページには、城崎の惨状について、次のように書かれています。
「全町ほとんど壊滅し廃墟と化してしまった。その損害額約1,200余万円、当時の宿料が1円前後であったことから、その被害の大きさの程が推察できる。」

現在の城崎温泉(中央は大谿川)

●復興に向けた城崎の人々の対応は素早かった。約3週間後には、四所神社にむしろをひいて町民大会を開催。以後、数十回におよぶ議論を経て、駅前、大谿川沿いの一帯を防火地区とする県の復興原案を覆します。
 外湯を中心に栄えた城崎の歴史を踏まえ、外湯を元の位置に復元することを最優先する。木造の風情を生かした旅館を再建し、延焼を防ぐため鉄筋建造物を随所に分散配置する。町民から所有地の無償提供を受けて、大谿川と道路の拡張、直線化を進める。太鼓橋や玄武岩を用いた護岸を整備し、桜並木、柳並木をしつらえる。
 こうして、「日本一ゆかたの似合うまち」城崎の、今日につながる街の骨格と情緒がかたちづくられていきました。
 中尾清氏は、著書『自治体の観光政策と地域活性化』で、「城崎温泉の経営哲学は、“共存共栄”である。この哲学を取り入れた契機の一つは、大正14年の北但大震災の被災と町民の一致団結した復興への取組みであろう」と書き、関係者の次の言葉を紹介しています。
「わが町は、先輩たちから“共存共栄”という考え方を引き継いでいます。JR城崎温泉駅は旅館の玄関で、まちの道路は旅館の廊下で、各々の旅館は旅館の部屋である。町を形成している物産店、スナック、喫茶店は、旅館の売店であり、スナックであり、喫茶コーナーであります。簡単にいいますと、1旅館でお客さんを囲い込まないで外に出ていただく。旅館だけが儲けるのではなく、皆で儲けを分かち合うということです。」

城崎には今も延焼防止の工夫が残る

●城崎の事例を知れば知るほど、北但大震災から70年後の阪神・淡路大震災が二重写しになってきます。
 「共存共栄」の精神のもと、城崎の歴史と魅力を生かしながら町民一丸となって進めたまちづくりへの取り組みは、「協力復興」や「創造的復興」の理念のもと、自助、公助とともに「共助」の大切さが強調された阪神・淡路大震災からの復興過程を思わせます。
 豊岡中学校の生徒が、倒壊家屋からの生存者の救助や消火活動を行い、また、被災直後の城崎で、鳥取高等農業学校(鳥取大学農学部)の生徒による支援活動が展開されたと知ると、この点でも、北但大震災がボランティア元年といわれた阪神・淡路大震災を先取りしていたのではないかと思えてきます。
 言葉にしていうと、どこか綺麗事に聞こえてしまうのですが、「備えあれば憂いなし」というときの「備え」とは、結局のところ、共に住む人々の物心両面にわたる支えあいの絆を強固にすることにつきるのではないか。
 そのような「まち」(理想の都)であればこそ、人々は、誇りと愛着をもって住み続けたいと願い、また、そこで暮らしてみたいと憧れる。たとえ、自然災害によって壊滅的な打撃を受けても、「まち」の基本をかたちづくる絆さえ壊れなければ、必ず復興できる。それこそ、「憂いなし」の実質だったのではないか。
 冒頭にふれたシンポジウムで、パネリストの皆さんの活発な議論を聴きながら、私は、そう確信を深めていました。

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