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更新日:2020年3月24日

「但馬 お菓子の思い出」大募集! 応募作品の紹介

お菓子の思い出大募集紹介

   この度、兵庫県内外より、100通を超える応募をいただきました。

 お子様からご年配の方まで、印象的な「お菓子の思い出」がたくさん集まったので

 ここに紹介させていただきます。

  是非、共感できるエピソードを見つけてください。 

    たい焼き(上道製菓)  【30代:masa】

 泣きながら食べる味をご存知でしょうか?

私の職場では、たまに社長が上道製菓さんのたい焼きを差し入れてくださいます。

 数年前、私は仕事で大きな失敗をしてしまい、数十万円規模の損失を出してしまい落ち込んでいました。

仲間からは励まされましたが自己嫌悪に陥り、1人で外に出て大人の男が悔し涙をこぼしながら、

差し入れのたい焼きを食べました。

  生地の表面はパリパリ、内側はフワフワ、中のあんこは甘過ぎない上品な味です。涙のせいか、

少しの塩気がさらに甘味を引き立てます(笑)。 たい焼きのおかげで勇気づけられました。

これからもおいしいたい焼きやお菓子で、たくさんの人を元気づけていただけたらと思います。 

 

       今川焼(谷口今川焼店)   【10代以下:お菓子の神様】

 僕は祖母とよく食べたのが今川焼だった。

幼い頃から母がいない僕は祖母が母のような存在だった。

その中で本当に思い出に残っているのは、祖母と手をつないで今川焼を買いに行って

祖母と祖父と食べたそんなワンシーンだ。

本当に温かかった。人のぬくもりを感じた。それが救いだったのかもしれない。

 今川焼。考え方によればただのお菓子。

しかし人によれば人と人をつないだり、ぬくもりをくれるそんなお菓子なのだと思った。

 

   あられのカタチのチョコ(げんぶ堂)  【30代:やじ】

 子供の頃、曾祖母の部屋に行くと必ずげんぶ堂の缶があった。

「お食べ」と小さな手に一杯黒豆おかきを乗せてくれるのだが、これが苦手だった。

おかきは固くて食べ辛く、黒豆は歯に挟まり不快感が残る。

大好きな曾祖母を傷付けたくない一心で食べた。

 ある時、見たことないあられが仲間入りした。

食べてびっくり、あられなのにチョコ!未体験の不思議食感に病み付きに。

あられチョコの虜になった私は彼女の部屋に足繁く通うように。

私の嘘に気付いた曾祖母は、「子供は嘘ついたらあかん」と

色んな味の新作を食べさせてくれた。亡き曾祖母との想い出のお菓子だ。

 今日もお仏壇で微笑む曾祖母にお供えして「拝借」と言って食べている。

 

   鮎のささやき(谷常製菓)   【50代:ゆきりん】

 彼氏が帰省するたびに「はい、お土産」と持ってきてくれたのは、谷常さんの鮎のささやきでした。

箱を開けると立派な鮎が一匹ずつ袋に入って並んでいます。

家族と一緒に「美味しいお菓子だね」とありがたく食べていました。

 そんな彼と結婚して但馬に来た私は、谷常さんに並ぶキラキラしたお菓子に目を奪われながらも、

鮎のささやきを見つけて「ああ、このお店にいたんだね」と懐かしく、嬉しくなりました。

 今ではいつでも食べられるようになりましたが、当時は彼だけが持ってきてくれる特別なお菓子でした。

私にとって大切な、思い出のお菓子です。

 

   メシテラ(カタシマ)   【30代:ゆみ】

 養父出身の夫の実家に初めて行った時だ。

月経困難症を患っていた私はそこで子どもに恵まれないことを告げようとしていた。 

しかし涙が溢れてうまく話せない私にご両親は

「もういいから。ほら泣かないで、笑って笑って。これでも食べて、ね」とメシテラを差し出した。

皆で食べたメシテラは美味しかった。だけど両親の気遣いはもっと嬉しかった。

 その2ヶ月後、奇跡的に妊娠。あとで聞けばメシテラはコウノトリを育む粉でできているとか。

私にとってのコウノトリはメシテラを差し出したお義母様であった。

 

   鹿まんじゅう(一柳堂)  【50代:らぶりーママん】

 ある日の食卓にて、豊岡市へ通勤している息子がぼそり。

「豊岡の隠れた銘菓で『鹿まんじゅう』っていうのがあるらしいで。」

お菓子好きの私が、そんな情報をほっておくわけがない。

 どうしても『鹿まんじゅう』に出会いたい。スマホで検索。捜索。探索。

8月の暑い日の午後、歩いて、迷って、通りすぎて、ようやく見つけたお店。

ドキドキしながら店内へ入るとショーケースに『鹿まんじゅう』が!

 家族に1つずつとプラス1つ買って帰り、お茶を飲みながらみんなで食べた。

おいしくて、やさしくて、なんだかなつかしい味がした。

 プラス1つの『鹿まんじゅう』は、もちろん自分へのごほうび。

 

   朝日あげ(播磨屋本店)   【10代以下:みほ】

 中学2年生の時に、一週間アメリカにホームステイをしたとき

母親がキャリーバッグに朝日あげを入れてくれていて、

アメリカで一人寂しくなっても、朝日あげを食べて頑張ろうと思えた思い出の味です。

 高校生になり今は寮生になり親の元を離れていますが帰省したときには

必ずといっていいほど朝日あげが机の上に置いてあって、

朝日あげを食べると家に帰ってきたなという気持ちになるので、

中学生から高校生になった今も好きな思い出の味です。

 

  お祭りのお菓子やお嫁さんのお菓子  【60代】

 但馬の地を離れてもう半世紀。

小生、当時は豊岡市の千代田町に住んでおりましたが、地蔵盆のお祭りがあり、

お地蔵様に香花や大量のお菓子をお供えした後で、

そのお菓子が参加した子ども達に分配していただけるという風習でした。

 一斗缶に入れられた煎餅菓子で砂糖がけのもの、生姜味、青海苔味といろいろ種類がありました。

昨今あのお菓子を目にする事もなくなりましたが、忘れ得ぬお菓子です。

 又、御近所に婚礼があると、近隣の子供達にお菓子が配られるという風習もありました。

「お嫁さんのお菓子」と言って喜んで食べましたが、

そのお菓子もやはり地蔵盆と同様に例の一斗缶入りのお菓子でした。おいしかったです。

 古き良き時代の但馬の懐かしい思い出です。

 

 全ての応募作品は下記よりご覧いただけます。

 「但馬の思い出」大募集 応募エッセイ全集(PDF:653KB)

 

 

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部署名:但馬県民局 地域政策室

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