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更新日:2017年11月8日

私の短歌(平成29年11月)

私の短歌

いけばな展

大丸神戸店で兵庫県いけばな展が開催されていた。10月19日から24日までだ。私も初日の午前中伺うことができた。雨の日だったのに華やかな雰囲気に満たされていた。今年の展示は、例年と異なり、壁側全てに花台を置くとあわせて、真ん中はオープンにして輪状に丸く並べられていた。いつもだと中央部にもコの字状に壁と台を置いて展示するのが普通だったので、新しい挑戦といえるのだろう。

いけばなは多種多様だ。もともと兵庫県いけばな協会だけでも30近い流派がある上に、それぞれの流派の伝統や基本を踏まえながら、生ける人のモチーフによりまた自ずと異なる。そして大中小、大きさや色合い、材質、花器との相性などから見ると、何億、何兆いやそれ以上の組み合わせが考えられる。それだけに500年以上の伝統や歴史を持ちながら常に時代の風を感じて、そよいでいるともいえる。また、生ける人の個性や思いや感情が投入されているはずである。

ある時あの松尾芭蕉が「後生畏るべし」と言ったという。俳句のような五七五の世界、いかにもAIに可能性でも計算させたら組み合わせの限界値を計算してもらえるだろうが、きっと兆に達してしまうだろう。だから続々と新作が生まれる。

私の短歌

私もここ十数年短歌をつくっている。もとより誰かに習った訳でもなく全くの自己流である。動機はミント神戸の竣工式だったと思う。快晴の秋空の下、六甲山の山並みも映えて、くっきりとミント神戸の建物が望めた時、ふいに思い立って真似事をしてみたのだった。

全くの遊び心であったのだが、その後各種イベント、行事、お祝い、記念式典、結婚式などあらゆる会合で短歌を詠んでいる。もうきっと2500首は超えているだろう。ただ日本ペンクラブの総会が神戸であった時、当時会長の阿刀田高さんに「井戸さんの歌はスローガンのようですね」と言われたことがあった。言い得て妙、まさにそのとおりと自分自身でも自覚したものだ。その時は、あの俵万智さんの前でも詠んで披露したのだから、相当心臓が強いと言われても仕方がない。このことは、今も続いている。例えば、今年の新年のメッセージでは「ふるさとの 発展めざす 地域づくり 一人ひとりの 決意に依らん」と詠んで、兵庫の未来に対する県民への呼び掛けを込めさせてもらった。結婚祝いでは、新郎と新婦の名前を読み込んでいる。叙勲などご本人を対象にする場合は、その方の名前を詠み込むことにしているが、これが難しい。例えば、井戸敏三とすると、「つも こでも び歩き るも知らずも 作なく見えるはおかし」と、詠み込むのだ。言葉を充てるだけで意味や作意がうかがえない場合もあるのだが、極力、その人の人柄やこれまでの生き様にふれられるように工夫するところが要諦である。

折り句

兵庫県歌人クラブの安藤代表から、このような短歌の詠み方は、「折り句」という一つの形式だそうで、古来から用いられている技法と伺った。私の場合は、全く自然発生、面白味を出したいと思って試みているだけだっただけに、ご教示いただいて驚いた次第である。この折り句は、古くから日本にある言葉遊びの一つらしい。一つの文章や詩の中に、別の意味を持つ言葉を織り込む方式だそうだ。折り句協会まである。本来は、言葉の一つ一つの頭文字をとって文章にするらしい。協会のホームページでは、「伊勢物語」の和歌に、頭文字をとると「かきつばた」(カキツバタ)の花の名が織り込まれている一節があるとのこと、「からころも きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞおもふ」である。協会によれば、折り句は、季節ものや固有名詞以外でも、誰もが持っている「名前」を使って折り句をつくることを勧められている。つまり、人名や名詞を短歌に詠み込んだものをいうらしい。しかも、人名は省いたり略すと失礼にあたるので、字余りやリズムの崩れがあっても承知で出すことがあり、それでよいとされるらしい。このことを聞いていかに私が喜んだか、理解いただけるだろうか。

短歌と俳句

なぜ短歌かというと、五七五七七と三十一文字であり、言葉の選択の幅がかなり広い。もう一つの伝統文化、俳句になると五七五で十七文字となり、字句の選択が難しい上に、作意を伝えるのが難しく、季語も入れる必要がある。したがって、俳句ではなく、言葉が多い短歌としているものだ。これは、私の好みであり、一般化できないのでお許し願いたい。しかし、俳句も時には詠んでいる。例えば、永田青嵐俳句会である。淡路の生んだ偉人永田青嵐にちなんだ俳句大会が行われている。毎年のように応募しているのだが、時には名誉を得ることもある。稲畑汀子さんが審査員をしておられるのだが、私の詠んだ俳句が先生の賞を頂いたのだ。先生自身も大変驚かれていたのだが、私にとっては栄誉なことであった。「秋天に 紺碧の海を 祈る人」と詠んだ。先生は阪神・淡路大震災の犠牲者を悼んでの遺族の姿を思われたのだが、私が詠んだのは、あの学徒出陣の戦没者を悼んでいる淡路島最南端で太平洋に面している若人の広場でのあるお年寄りの老婆の太平洋に向かっての立ち姿であった。情念を強く感じながら、一方で、太平洋の碧い海がこれを吸い込んでくれる。そして空の青さが背景として何か大きな舞台をつくってくれている、その思いを詠んでみたものだ。ともあれ大変喜ばしかったことと、感激を忘れられない。

(若人の広場公園(南あわじ市))

これから

私の拙い短歌の遍歴は、まだまだこれからも続いていく。巧い下手ではなく、これからも私を取り巻く種々の出来事のうち心にマッチする出来事を詠み続けていきたい。

この場合の私の流儀も知っておいてほしい。言葉を選ぶのに、辞書は使わない。情趣と流れが失せるから。ただ、言葉の確認や漢字の正確さのためには利用する。二つは、出来不出来を気にかけない。自己流だからと開き直っている。三つは、折り句の際、文頭にこだわらない。言葉の中にあってもよしとする。これらをぜひお許し願いたい。

する文化を

秋は芸術文化のシーズンという。しかし、このような人としての営みは、シーズンに合わせているのではなく、シーズンを活用しているのだろう。早速に、秋を活用して、何か自ら試みられたらいかがか。芸術文化の神髄は、自らが参加して、試みることではないか。皆さま、芸術文化の秋を楽しみましょう。

音声による知事メッセージ

全文版(約9分)(MP3:8,158KB)

要約版(約4分)(MP3:3,256KB)

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