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その有名な建築家の名前を初めて耳にしたのは1990年の秋。神戸市北区のゴルフ場建設現場で米国の造園会社のアルバイトをしていた時です。
「フランク・ロイド・ライトの建物が近くにあると聞いた。週末に行ってみたい」
現場統括のため訪日していた会社の副社長からの相談でした。彼のガイド兼カバン持ちをしていた私は、当時(今もですが)建築の知識がほぼ皆無。
「知らないの?世界的に有名なアメリカ人建築家なのに」
そう責められても、近代建築の巨匠なのにと不思議がられても、知らないものは仕方ありません。そもそもバイトとはいえ私も忙しい・・と当時は思っていました。
建設現場で仲良くなったメキシコ人達と飲み歩いたり、彼らに相撲を教えたり、スペイン語訛りの英語のスラングを習ったりー。
そうこうしているうちに、副社長は帰国。建築家の名前が頭に強く刻みつけられたのは、助けになれなかった自責の念からかもしれません。
それから34年を経た今年7月上旬。くだんの建物を訪れる機会がありました。フランク・ロイド・ライト設計で芦屋市にあるヨドコウ迎賓館(旧山邑家住宅)です。
生涯1000件以上設計したライトは、日本で12件設計し、実際に建てられたのは5件。そのうち建築当時の姿で残っているのは、ここと東京・池袋の自由学園明日館のみです。
ヨドコウ迎賓館は、阪急芦屋川駅から北へ歩いて10分ほど坂を上ったところにあります。
建築面積約360平方メートル、鉄筋コンクリート造4階建の大きな建物が、木々と地形に溶け込んでいます。全体像が見えないぐらい山肌と一体化しているのは、ライトが提唱した建築思想「有機的建築」の結実と言えるかもしれません。
― 建築は、土地に根ざし、時代や、生きる人々の生活に根ざして、周囲の自然環境と調和して成長するものであるべき ― という思想です。
この思想に基づきライトが確立したのが「プレーリー・スタイル(草原様式)」。故郷のウィスコンシン州などアメリカ中西部の大草原に調和し、建物が地面に水平に伸び広がる設計手法です。
余談ですが、草原やウィスコンシンと聞いて思い出すのが、幼い頃親しんだ小説『大草原の小さな家』シリーズ。著者のローラ・インガルス・ワイルダー一家が、幌馬車で故郷ウィスコンシン州を旅立ち、カンザス州の大草原に丸太小屋を建て、たくましく生きていく物語でした。
山と海と淡路島を毎日眺めながら育った神戸っ子にとって、地平線まで広がる草原はほとんどおとぎ話の世界。アメリカに多く現存するというライトのプレーリー・スタイルも、さぞ大草原に溶け込んで絵になるのでしょう。
話をヨドコウ迎賓館に戻します。
低く抑えられたフロアが4つ、稜線の傾斜や湾曲に沿ってスライドしながら階段状に連なり、木々に溶け込む姿は、さながら“芦屋版プレーリー・スタイル”。
各フロアは精巧かつ複雑に組み上げられた積み木細工のように連結し、増築を重ねた老舗旅館のようであり、迷路のようでもあり。次にどんな部屋が現れるだろうとワクワクします。
エントランス部は2階建てのように見える。
鉄筋コンクリート4階建ての建物探検のスタート地点。
フロア内の部屋の多くに、幾何学的な彫刻、複雑な木組み装飾などがふんだんにあしらわれています。それでも、華美な印象は無くシンプルな上質さを感じます。基本的に、水平と垂直の平面で構成され、美しい左右対称の配置がなされているからかもしれません。
天井照明がないのに室内が明るいのは120を超える採光窓を通して自然光が部屋を淡く照らすから。
どのフロアも北側(山側)のガラス窓から外を覗くと、地面がすぐそこまで迫っています。周囲の地形と調和する「有機的建築」は、あくまでも地形に逆らうことなく、緩やかに、幅広な階段状の滝のように、斜面を上っていくのです。
多数の採光窓があり天井照明はなくても室内は明るい。
高い天井のダイニング。シンプルで上質なたたずまい。
4階のダイニングルームからバルコニーへ出ると、芦屋から神戸の街並みや大阪湾を一望できます。ヨドコウ博物館は1924年(大正13)、灘の酒造家・8代目山邑太左衛門氏の別邸として建てられました。
100年前の竣工時、山邑ファミリーがここから灘五郷や、海を行き交う日本酒の運搬船を眺めていたかもしれません。そんな感慨が浮かびます。
そして思念は一瞬、大阪湾の先1万キロのアメリカ・カリフォルニア州へ。34年前ここを見たいと言った副社長、ご存命なら90歳前後のはず。
「好きだったブルース・スプリングスティーンを聞きながら元気に過ごしておられますように」
そんな思いを胸に敷地を後にしました。
屋上だけではなくエントランス前でも市街地と海が見渡せる。
○旧山邑家住宅(ヨドコウ迎賓館)(芦屋市サイト)(外部サイトへリンク)
旧山邑家住宅は、1947年(昭和22)、株式会社淀川製鋼所が取得し、当初、社長邸や接客・接待の場として利用。1974年に建物が国重要文化財に指定され、同社による保存修理工事を経て、1989年(昭和64)に「ヨドコウ迎賓館」として一般公開を開始しました。
重要文化財指定は建物だけでしたが、完成から100年、指定から50年を迎えた今年、建物部分以外の敷地全体の土地5,228平方メートルが、重要文化財に追加指定されることになりました。
2023年(令和5)年に実施された現地調査により、敷地内の「温室跡」「渡り廊下跡」「滝の跡」「池の跡」など新たな遺構が出土。ライトが敷地全体でその建築理念「有機的建築」を体現していたことが明らかになりつつあります。
○敷地全体が重要文化財指定へ(株式会社淀川製鋼所プレス発表資料)(外部サイトへリンク)
「ヨドコウ迎賓館で学ぶフランク・ロイド・ライト建築」は、阪神南県民センター管内に9つあるひょうごフィールドパビリオンの一つです。
(フィールドパビリオンは、地域活動の現場そのもの(フィールド)を、地域の方々が主体となって発信し、多くの人に来て、見て、学び、体験していただく取組です)
この他、管内には、工場群を縫うように張り巡らされた運河から産業都市尼崎を体験する「尼崎運河クルーズツアー」や、日本一の酒どころ灘五郷のうち宮水の湧き出る地を満喫する「西宮郷・今津郷」SAKEツーリズムなど、魅力あふれるフィールドパビリオンがあります。
現在、県フィールドパビリオン推進課では、体験型のフィールド・パビリオンを実際に体験し、プログラム向上に向けた意見をいただく「フィールド・パビリオン県民モニター事業」を実施しています。
県内の10名以上の団体・グループを対象に、条件次第で最大4万円まで交通費などを補助するお得な制度です。
是非ご活用して、フィールド・パビリオンを体験してみてください。事業の詳細や申請方法等については下記リンク先をご覧ください。
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