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更新日:2018年3月30日

真珠核

概要

明治40年にドイツ人が貝ボタンの製造法をわが国に伝え、明治42~43年頃に洲本市内で製造が始まったことが起源

起源・沿革

真珠核

真珠核は養殖真珠の芯となるもので、養殖真珠の「原料」である。この核をアコヤ貝に植え付けて海中に沈めておくと真珠層が巻きついて、真珠が誕生する。
真珠核の主な原材料は、米国・ミシシッピー川のオーヒラ貝やミツヤマ貝である。これを神戸の商社が輸入するため、真珠核製造業者は陸上・海上輸送とも淡路島島内では最も利便の良い洲本市に集中している。
真珠核製造業者は、貝ボタン製造業者からの転業者が多い。明治40年、ドイツ人が貝ボタンの製造法をわが国に伝え、明治42~43年頃に洲本市内で製造が始まった。原料、製品の輸入基地神戸港に近接しているため、家内労働力を活用した産業として栄え、軍服用ボタンとして需要が伸びた。第二次大戦中は産地全体で淡路製釦を設立し、業界を一本化した。戦後、統制解除となったが主原料のドブ貝の輸入が中止になったため、南方産の海水貝に原料転換した。
昭和25年、真珠核もボタンと同様に貝を加工する製品であることから、洲本市の1業者が淡水貝を使い真珠核製造を手掛けた。昭和30年代は合成樹脂系の化学ボタンが登場したことに伴い、化学ボタンへの転業が相次いだ。これとほぼ同時に大阪府下の技能者を迎えて本格的な真珠核の製造が始まった。昭和35年から40年頃にかけて世界的な真珠ブームがおこり、化学ボタンに押された貝ボタン業者が一斉に真珠核製造に転業した。最盛期の昭和40年代前半には、業者数は130に達した。
好況は長くは続かず、昭和40年代後半には、1.生産過剰、2.海洋汚染、3.真珠ブームの沈静化等のマイナス要因が重なり、業況は悪化した。その後、昭和50年頃には再び活気を取り戻し、需要と供給のバランスが回復した。
昭和55年に11業者によって、淡路真珠製核協同組合が設立された。この組織化により相互扶助の気風が生まれ、目まぐるしく変化する社会に組織力で対応できる基盤が確立された。
しかしながら近年は世界的に宝飾品需要は冷え込んだ状態が続いており、真珠核生産高も減少傾向となっている。生産工程図(PDF:24KB)

団体(問い合わせ先)の状況

淡路真珠製核協同組合

住所:〒656-0054洲本市宇原1887-6
電話:0799-22-2598
FAX:0799-24-3512

淡路真珠核生産組合

住所:〒656-0051洲本市物部3-2-79
電話:0799-22-0443
FAX:0799-22-366

事業活動

  • 真珠核販売面についての協議
  • 原材料輸入についての協議
  • 親睦活動等

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お問い合わせ

部署名:産業労働部産業振興局工業振興課

電話:078-362-3331

FAX:078-362-3801

Eメール:kougyoshinko@pref.hyogo.lg.jp