更新日:2026年3月5日
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日本列島の約7割を占める森林は、山の風景を形づくるだけではなく、清らかな水を生みだし、大地を守る「自然環境の川上」としての役割を担っている。その水はやがて田畑を潤し、地中や河川を伝って海に注ぎ、沿岸の漁場へとつながっていく。森・川・海の循環の中で、人は暮らしを築いてきた。
そう考えると、林業は単に木を育てて伐るだけの営みではない。森の手入れを通じて水を育み、土砂を防ぎ、生態系を守る、社会のインフラの一端を担う仕事なのだ。農業や漁業と同様に、次の世代へ環境と地域の豊かさを手渡す、大切な基盤のひとつだ。
そんな多様な森林の機能について、知識と実践の両面から学べるのが、兵庫県宍粟市(しそうし)にある兵庫県立森林大学校だ。学校の周囲には深い森が広がり、自然と人の暮らしが地続きにある環境で、学生たちは日々、森林・林業に必要な知識と技術を身につけている。
今回の記事では、現役学生たちの声、そして地域で彼らを見守る人々の言葉から、森林大学校とその地域の暮らしを見つめていく。

佐藤さんは姫路出身。祖父が営む造園業を手伝いながら育ち、幼い頃から「木を整える」という仕事が身近にあった。
「造園屋さんは木をきれいにする散髪屋さんみたいなイメージでした。剪定した枝の形が整っていく様子や、季節ごとに変わる庭の景色を見るのが楽しかったんです。」
大学校の演習林で初めて自分の手で木を伐ったときの感覚は、今も鮮明に残っている。
「自分で倒す方向を決めて、その通りに木が倒れたときはできたって感じがしました。整備の終わった山をドローンで見たら光が入っていて、ああ、自分たちの手で変えたんだなって思いました。」
森林大学校に進学してからは庭を整える造園の仕事とは異なり、山全体を相手にする林業のスケールの大きさを実感した。木に向き合うという点では、つながっている部分もあるという。
「雰囲気は全然違うんですけど、木の状態を見ながら整えていくところは共通していると思います。日光が入るようにするとか、水が通りやすくするとか、どう育つかを想像して手を入れるところは同じなんです。」
将来は宍粟市内の会社に就職し林業の現場で働きたい。
自らの手で地域の山を守り、整えていくことが目標だ。

伊達さんは宍粟市の出身。地元の高校を卒業後、森林大学校へ進学した。
山に囲まれて育った彼は、人が多い場所より、静かな環境が落ち着くという。
「都会の人が多いところはどうしても落ち着かないんです。やっぱり山のほうが自分には合ってるなと思います。」
実習を通し、林業のイメージは大きく変わった。
「林業って思っていたよりもずっと頭を使う仕事なんです。木をどう伐るか、どう倒すか、周りの安全も考える。自分の成長がそのまま仕事の質につながるんです。」
判断ひとつで仲間の安全が左右される。その緊張感も含めて、日々の実習に向き合っている。
暮らしの面でも、宍粟の距離の近さが心地よいという。
「近所の人がスノボに誘ってくれたり、日頃から声をかけてくれたりするんです。人との距離が近いのが、ここのいいところやなって思います。」
将来は地元の市職員として地域に関わりたいと考えている。
「森林大学校で現場の技術を学んだうえで、公務員として森に関わる道を選ぼうと考えています。現場にも出られる職員として、森と人をつなぐ助けになりたいです。」
最後に、この学校を薦めたい人について尋ねると、少し笑ってこう答えた。
「自分は感覚派なんで、体で覚えたいタイプの人に向いてると思います。やってみて気づくことが多い仕事なんで。」

小林さんは鳥取県出身。
地元の高校でも林業を学び、木を伐るだけでなく、植えて育て、森を管理するまでの一連の流れを学びたいと森林大学校へ進学した。
インターンシップや伐倒競技では多くのプロと出会い、現場の空気に触れた。そのなかで耳にした「若手が本当に足りていない」という声は、想像以上に切実だったという。
「現場の大人たちが口をそろえて若手不足の話をしていて。林業は木を伐るだけじゃなく、次の世代を育てていく仕事なんやなと感じました。」
だからこそ、小林さんの将来の目標ははっきりしている。
「まずは森林組合で経験を積んで、その後は高校で教えたいです。自分が高校で林業を学んで進路が開けたように、地元でも林業を志す若い人を増やしたいです。」
現場と教育の両方を見ているからこそ、その間を行き来できる人になりたい。小林さんは、森と次世代の橋渡し役を目指す。

岩蕗さんは座学や実習、さまざまな人との出会いを通し、一つの考えにたどり着いた。
「今は木を伐る技術より、どう残すかに興味があります。」
そのきっかけは、祖母の家の庭に立っていた大きな木だった。
「子どもの頃から見ていた木が、数年前に全部伐られてしまって。安全のためだとは分かっていても、すごく寂しかったんです。」
彼は今、残せる木をどう残すかを考えながら日々の実習に取り組んでいる。
「木ってその場所の思い出なんです。だからこそ、ただ伐るんじゃなくて、どう生かせるかを考えて行動したいです。」
目指すのは木を倒す技術よりも、森と向き合い生かす道を探る森の専門家。
そして、その視点を育てられる環境がこの森林大学校にはある。

学校のすぐ近くにある「橋本食料品店」。
ここは長くこの土地で営まれ、地域の人と森林大学校の学生たち、双方に親しまれている店だ。昼どきには学生の姿も見え、店の前には穏やかな時間が流れる。

店のそばにはかつて地域の子どもたちが通った宍粟市立染河内小学校(そめごうちしょうがっこう)があり、今はその校舎跡地を森林大学校が使用し、教育機関としてのバトンを引き継いでいる。
※更地にして校舎を新築したような印象を持ってしまいました。建物の所有は宍粟市であり、本校は、使用させてもらっている身です。
「息子が小学校に通っていたんです。閉校した時は寂しかったけど、また若い人たちが通ってくれるようになって嬉しいです。」橋本さんは柔らかい笑顔で話す。
息子さんは森林大学校を経て、今は林業の現場で働いている。親としてときどき気にかける気持ちはあるものの、その姿を誇らしく見守っている。
「しんどいけどやりがいがあるって本人が言うんです。木を切って山がきれいになっていくのを見ると、自分のしたことが形になるって。それを聞くと応援したくなります。」

取材の途中、お店に立ち寄った地元の男性が、山と川のことも教えてくれた。
「昔はな、川の水がもっと多かったんや。雑木林が多くて、落ち葉が腐葉土になって水をためてくれた。でもスギやヒノキの植林が進んで、今は水が減ってしもうた。」
そう言いながら、続けてこうも話してくれた。
「せやけど、ちゃんと木を間引いて陽が入るようにすると、水が戻ってくるんや。森は正直やで。」
自然の変化を見つめてきたその人は、森林大学校の学生にも静かに期待を寄せる。
「森を手入れする人がおるっていうのは、ほんまに大事なこと。森を守ることは、暮らしを守るってことやから。若い人が山に関わってくれるのは、ほんまにありがたいことや。」

森と人。
学びと暮らし。
学生たちは山で学び、地域の人はこの地で生きている。
そのふたつの視線が重なる場所に、森林大学校がある。
宍粟の山々では、木も人も、ゆっくりと時間を刻んでいる。
焦ることのないその歩みの中で、学生たちは手を動かし、自分の確かな道を見つけている。
森が水を生み、水が人の暮らしを支えるように。
森林大学校の学びもまた、この地に静かに流れ続けている。
