更新日:2026年3月5日
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森林大学校には、ただ木に関する知識を教えるだけでなく、木と生きることを伝える先生がいる。
吉岡正樹さん。庭師であり、アーボリストであり、樹木医でもある。
木工から庭園、そして森林へ。木の在り方を追いかけるように、人生そのものが森のように枝を伸ばしてきた。
西アフリカ・ニジェールの砂漠で木工を教え、京都の寺院で庭を整え、長野の山で巨木に登る。そして今、宍粟の森林で学生たちに、木と向き合う時間を伝えている。

「最初は教育大学で木工を学んでいました。家具をつくるのが好きで、手で形を生み出すことに惹かれていたんです。でも、どこかで木を使うってどういうことなんだろうと考えるようになって。」
大学卒業後、青年海外協力隊として訪れたのは、西アフリカのニジェール共和国。
木工教員として派遣されたが、そこには木がほとんどなかった。
「年に一度雨が降るかどうかの土地で、木材として使える木はほとんどない。そんな場所で木工を教えるなんて、最初は絶望でした。」
けれど、やがて子どもたちは木の欠片に触れ、道具を握り、形をつくり始めた。
「木を通して生きる力が育つ瞬間を見たんです。」
その経験は吉岡さんの中に、木を見るという感覚を根づかせた。
「木工って、雨が降って、木が育って初めて成り立つものなんだとわかった。木が息づいているというだけで、その土地特有の豊かな文化が生まれるんですよ。」
帰国後、京都で家具職人として働きながら、海外産の高級木材を扱うことに違和感を覚えた。
「自分が触りたいのは、すでに伐られた木ではなく、生きている木なんだと思ったんです。」
そう感じた吉岡さんは、木が生きている場所へと歩みを進めた。庭師として修行を積み、寺院や古民家の庭を手入れしながら、木の生命と人の暮らしが混ざり合う現場に身を置いた。
「庭師の仕事って完成させることじゃなくて整えることなんです。木を剪定するにも、形を作るだけじゃなく、どう共に生きるかを考える。そういう感覚が自分の中でずっと軸になっています。」
「僕は山のきわをケアしている人間なんです。木を伐ることも、庭を整えることも、家具をつくることも、結局は人と木が共に生きる場所をどう保つかということ。そのあいだに立つのが僕の仕事なんです。」
山と町、自然と暮らし。
その境界に立って手を動かすことこそが、吉岡さんにとっての仕事の本質だ。
「「山ってね、ミクロとマクロ、どっちの視点でも見られるんです。近づけば枝の一本一本にドラマがあるし、引いて見れば山全体の呼吸が見える。ズームインとズームアウト、その両方の目を持つことが大事なんですよ。」
森林大学校で教える上で、吉岡さんが大切にしているのは、技術よりもものの見方だ。
「木を学ぶって、結局世界の見方を学ぶことなんです。木の種類や形、生えている場所を知るほど、世界の解像度が上がっていく。山を歩いていても、一本一本の木が個性を持って立ちあらわれてくる。」
「僕は山の中で暮らしているというより、山と町のあいだに暮らしているという意識が強いです。そのあいだをどう整えるかが、これからの林業にも大切な視点だと思う。森を健全に保つことが、町の水や暮らしを支えるんです。」
吉岡さんは、木の手入れを通して人の暮らしを見つめ、人の営みの先にまた木を見つめている。その往復の中に、森林と生きるということの本質があるのかもしれない。
森林大学校には、そんなまなざしで森林と人をつなぐ先生がいる。
学生たちは、その背中から木と共に生きるという学びを受け取っている。