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あの時のふるさとを語ろう ヒョーゴアーカイブス
隣町まで線路を歩いていた!?僕らの悲願、「餘部」駅
現香美町の「餘部」駅ができるまでは、隣町の病院に行くときも、地元の人たちは危ない道を歩いていたそう。初めて汽車が乗り入れた時には、子どもから大人まで旗を振って喜ぶ様子がうかがえます。

今月の動画「ボクらの駅に汽車が来た」(1959年4月)
撮影:1959(昭和34)年4月
地域:但馬
「近くに駅ができるわくわく感は今でも覚えてるなあ。(70代男性)」
「駅が完成する前は線路を歩いていたんだ。(20代女性)」
「近所に駅があって、遠くの街にもすぐに行ける当たり前って、先人の努力があったからなんだね。(50代女性)」
動画の視聴はボクらの駅に汽車が来たのページから
今の・昔の兵庫の姿を、この土地に思いのある皆さんと共に、残す、語る、伝え知る、そんなウェブ上の資料館です。















